さっぽろ雪まつりの起源(開始されたキッカケ)と歴史(年表つき)

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さっぽろ雪まつりの起源(開始されたキッカケ)と歴史(年表つき)

みなさすゎぁ~んお元気でしょうか?

いかがお過ごしですかぅぁ~

この「さっぽろ雪まつり」は2018年度で第69回を迎える札幌しいては日本を代表する特大イベントであり、現在は例年ぬぅあんとぉぅっ!約230万人もの人出があります。

また、知らない方も多いと思われますが、のぉわぁんとぉぅ!この「さっぽろ雪まつり」は『世界三大雪まつり』の1つでもあります。

世界三大雪まつり

  • ケベック・ウィンター・カーニバル(カナダ)
  • ハルビン氷祭り(中国)
  • さっぽろ雪まつり

現在では、さっぽろ雪まつりを観覧するためだけに、はるばる海外から訪れる観光客も多数存在します。

こちらのページでは、そんなさっぽろ雪まつりの歴史についてご紹介します!

さっぽろ雪まつりの「キッカケ(起源)」

雪まつりのメインとなる雪像が作られたキッカケとは、いったいどんなキッカケだと思いますか?

少し考えてみてください。

・・

・・・

残念無念~!ハズレです。

正解は北海道小樽市の”とある小学校”の2月の恒例行事であった「雪まつり」が発祥であり起源となります。

現在の雪まつりの規模から思えば、とても想像できないことですが、概ね起源とはこのような些細なものです。

ちなみにこの小学校の名前を「小樽市北手宮尋常小学校」と呼称し、後に「小樽市立北手宮小学校」と名前をあらためていますが、残念ながら2015年にて閉校になっています。

さっぽろ雪まつりの歴史(年表)

1950年(昭和25年)

1950年は、札幌市や雪まつりにとっては歴史的な年となります。
そう、なんといっても、この「さっぽろ雪まつり」は、1950年(昭和25年)に開始されたからです。

ただし、「雪まつり」とはいっても当初は、地元の2校の中学生と3校の高校生が美術科教師の主導のもとに、ややレクレーション感覚で制作した6躯(体)の雪像がキッカケとなります。
これを機として、日本国有鉄道(国鉄/現在のJR)札幌鉄道管理局も名乗りを上げ、札幌駅前に雪像を制作してこれを後押ししました。

また、この雪まつりでは雪像の展示以外にも次のような催しが行われています。

  • カーニバル
  • 仮装行列
  • 雪合戦
  • 歌謡コンクール
  • タンブリング
  • ダンス
  • 演芸大会
  • 犬ぞりレース
  • 映画の上映

このような催しも伴った結果、ぬぅあんとぉぅ!約5万人もの観覧客が訪れることとなり、次回開催が即決定します。

実は、この雪まつりは当初、継続が確定されておらず、来客数による状況判断がとられていました。

また、初回開催以降、年が増すごとに雪像が大きくなっていったので、1953年まで高さ7メートルの制限が設けられました。

しかしそれでも人気の行事となり、やがて札幌恒例の冬の行事の1つと位置づけられます。

ちなみに、「さっぽろ雪まつり」の名前の由来は、上述した「小樽市北手宮尋常小学校」の2月の行事であった「雪まつり」からとられています。

1953年(昭和28年)

1953年には、高さ15メートルの大雪像「昇天」がはじめて作られました。
この雪像はこの当時では前代未聞の巨大雪像ということで、トラックやブルドーザーまでもが出陣するほどの大きな話題を呼びました。

1954年(昭和29年)

第5回となる1954年からは市民が制作した雪像も雪まつりに参列します。
また、陸上自衛隊が自基地となる「真駒内駐屯地」にて、隊員の築城訓練と基礎体力づくり、レクリエーションを目的として駐屯地内で雪像の造像を開始しています。
後にこの行事が雪まつりの1つとして会場に指定されることになります。

1955年(昭和30年)

第6回となる1955年には、日本の企業、市役所そして地元札幌の自衛隊「第7混成団(第11師団=現在の第11旅団/だいじゅういちりょだん)」も制作に参加しています。
この第6回では、はじめて今日にみることのできるような、参加者の意匠作品ともいえる精巧な雪像が並ぶことになります。
特に目を惹きつけたのが、大通り4丁目に制作された高さ10mのマリア像、その名も「栄光」です。
残念なことと言えば、起源ともなった中高生たちによる雪像の造像はこの回にて中止されています。理由は受験・就職に備えた重要な時期であることが述べられています。

1956年(昭和31年)

1956年からは、上記、陸上自衛隊の真駒内駐屯地にて、第7混成団(第11師団)により、雪像のコンクールが開催されます。
第11師団は真駒内駐屯地に駐屯している北海道の南側を防衛している師団です。
ちなみに陸上自衛隊(第11師団)が雪まつりに参加する理由は、第11師団の任務の1つとして、さっぽろ雪まつりに参加して協力することが国で決められているからです。

1959年(昭和34年)

第10回ともなると、日本各地のメディアがニュースとして取り上げ、同時に知名度が広がり、やがて道外からも観覧客が訪れにようになります。
そんなこともあってか、2,500人もの地元民が雪像の造像作業に参加しています。
この回の開催は、例年以上に話題を呼び、様々なメディアでニュースとして拡散され、より一層、知名度を挙げる結果につながっています。
そして、この第10回を機に地元の雪まつりではなく、日本の雪まつりへと変貌を遂げていくことになります。ウフ

1963年(昭和38年)

1963年になると、上述の陸上自衛隊・真駒内駐屯地がついに一般開放されます。
つまり一般の方が駐屯地へ入って観覧することが許可されたわけです。

真駒内スノーフェスティバル」と題して、雪まつりのオマケ(オプション)として注目を集めます。
尚、この後、正式に「真駒内会場」として雪まつり会場に編成されることになります。

1965年(昭和40年)

この年からいよいよ、さっぽろ雪まつり「第2会場」として上記の「真駒内会場」が登録されます。
同時に陸上自衛隊も雪まつり正式参加という形になり、この1965年を機として、陸上自衛隊が所有する機材や設備、資材などが投入されることになります。
自衛隊が所有する資材や設備を投入できるようになったことで、雪まつりの雪像の造像における期間の短縮が実現しています。

同時にこれまでの必要とした期間を投じてさらに精密で精巧な雪像の造像が可能となっています。
今日みることのできる見事な出来映えの雪像は、この年から生まれたといっても過言ではありまっしぇん。

1972年(昭和47年)

1970年代に入ると札幌の雪まつりが世界各地のメディアでも取り沙汰され認知が広まります。
その大きな原動力となったのが、第23回開催となる1972年に開催された「札幌冬季五輪(オリンピック)」です。
このオリンピックでは、「ようこそ札幌へ」のフレーズで全世界へ札幌をアピールし、さっぽろ雪まつりが日本を飛び越えて全世界中に知られます。

尚、この年は札幌市も雪まつりを世界へアピールするチャンスだと意気込みをみせ、ぬぅあんとぉぅっ!歴代最大となる高さ25メートルも雪像が造像されています。
この雪像は「真駒内アイスアリーナ」と「屋外スケート場」の間に安置され、その名も「ガリバーようこそ札幌へ」という、街中で体育座りをした姿のガリバー像になります。

画像引用先:毎日新聞

高さが25mもありますので、なっ!なんとぉぅ~!!累計1300台!!もの「雪輸送トラック」が会場と採雪場を行き来しています。

1974年(昭和49年)

第23回開催を機として、世界からも、さっぽろ雪まつりに参加したいとの声が上がり、はじめて海外からの参加者の造った雪像が展示され、「国際コンクール」が開催されています。

第1回国際コンクール参加国

  • カナダ
  • アメリカ合衆国
  • フランス
  • 南ベトナム
  • 大韓民国
  • 日本

以上、合計6チーム

また、この年は世界的なオイルショックで雪像を作るための雪を運搬するトラックの使用が限定されたため、雪の運搬がうまく立ち行かず、雪像の中にドラム缶を入れるなどの対応で極力少ない雪の量で何とか開催を成功に導いています。


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1974年以後

1974年以降、札幌と深い関係のある外国地域となる「瀋陽、アルバータ州、ミュンヘン、シドニー、ポートランド」なども参加を表明し、自国の文化を象徴したような雪像が制作され、国際的イベントとしてさらに発展しています。

1981年(昭和56年)

1981年から雪像の造像だけではなく、なんと!氷の彫刻展までもが開催されています。
ただし、氷の彫刻の会場は「すすきの」であり、この当時はまだ雪まつりとは、別の祭典(イベント)でした。

1983年(昭和58年)

第34回目の開催となる1983年には、いよいよ3番目の会場として何と!上記の「すすきの会場」が雪まつり会場に指定されます。
当然、雪まつりの公式パンフレットにも紹介され、夜に魅せるライトアップされた幻想的な氷像が話題をさらっています。

1984年(昭和59年)

第35回目からは、大盛況であった前開催からのヒントを活かし、なんと!雪まつり期間が2日間延長されて7日間になっています。
この年から今日にみる7日もしくは8日開催になっています。

1986年(昭和61年)

第37回となる1986年からは、「ホワイトイルミネーションさっぽろプラザ」の開催期間が雪まつり開催期間と重複するように延長されています。

尚、「ホワイトイルミネーションさっぽろプラザ」とは、現在の「さっぽろホワイトイルミネーション」のことであり、1986年以前までは大通り公園にて12月上旬から1月上旬まで開催されたいた「夜間電飾イベント(イルミネーション)」になります。

1987年(昭和62年)

この第38回目となる1987年からは、上述の1週間の開催が原則となり、2月5日から11日までの期間が定められています。
またこの年から、開催期間中の週末となる土日祝日には地元テレビ局を中心に専用番組が設けられ、全国放送が開始されています。

1990年(平成2年)

第41回目となる1990年からは、「中央区・中島公園」が「第4会場」として雪まつり会場に編成されています。

1992年(平成4年)

第43回目となる1992年には、この年の雪像は歴代で最多となる366躯の展示が記録されています。(大通会場177躯、真駒内会場8躯、中島会場81躯、すすきの会場100躯です。)

1993年(平成5年)

第44回目となる1993年には、なんと!上記の中央区・中島公園の第4会場がわずか3年(3回)で廃止になっています。つまり、この年には中島公園会場は使用されていません。
廃止理由は、一般市民が制作した雪像群が並ぶ区域であったため、中島公園まで足を運ぶ観覧客が少ないことが理由に挙げられています。

1998年(平成10年)

第49回目となる1998年の第25回国際コンクールでは、歴代最多となる全世界20チーム、合計80名もの選手が参加しています。

2001年(平成13年)

第52回目の開催となる2001年からは、自衛隊の「テロ対策特別措置法」が施行されたのを機に、陸上自衛隊の参加体制が一新され限定されています。
「テロ対策特別措置法」が制定された理由としては、2001年(平成13年)9月11日にアメリカ合衆国で起こった悲惨なテロによる無差別殺人が発端となっています。
このテロではイスラム系テロ組織「アルカイダ」の実行犯が航空機をハイジャックして、「世界貿易センタービルの110階」へ突撃し、2749人の尊い命を奪っています。

2005年(平成17年)

第56回となる2005年には、上述のテロ対策特別処置法の影響から陸上自衛隊の参加が困難となり、約40年間続いた真駒内会場が閉鎖となっています。
この理由は、上述した第11師団の縮小により、参加人数が確保できなかったことや、雪まつり時に駐屯地を開放した際、テロ法に則った上での兵器や武器が盗難される危険性が懸念されたことが理由に挙げられています。

2006年(平成18年)

2006年から2008年には、「さとらんど会場」が新たに開設されています。

2009年(平成21年)

2009年からは「第2会場」が「つどーむ会場」に定められます。

2010年(平成22年)

第61回となる2010年には来場者数が過去最多となる243万3000人の人出が確認されています。
ちなみにこの年に初めて、現在ではすっかりとお馴染みになった、雪まつり公式キャラ「雪ミク(SNOW MIKU)」が雪像として登場しています。
雪ミクが制作された理由は、ボーカロイドの「初音ミク」が雪像として造像されたことがキッカケとなっています。
以降、例年、雪まつりに登場するようになり、年を経るごとにいつしか「雪ミク」の愛称で多くの方に親しまれるようになっています。

⬆さっぽろ雪まつり公式キャラクター「雪ミク」

2012年(平成23年)

2012年には初となる雪像(初音ミク)が倒壊して観覧客にブツかる事故が発生しています。尚、この観覧客は軽傷で済んでいます。

2014年(平成26年)

第65回目となる平成26年11月には、「すすきの会場」で開催されている「すすきの氷の祭典」が「すすきのアイスワールド」へと名前が変更されています。

2015年(平成27年)

第66回目となる2015年には、初めて市民が雪まつりへの参加するための権利を得るための投票が開始されています。つまり、この投票の結果次第では参加できないことになります。

2016年(平成28年)

2016年の第66回目からは「つどーむ会場」の開催期間が延長されています。

⬆2017年公開「初音ミク」こと「雪ミク」。現在、雪ミクはすっかりお馴染みとなった「雪まつりのオリジナルキャラクター」である。

質問っ!さっぽろ雪まつりは、なぜ、大通り公園で開催されるようになった?

道外の観光客からすれば、謎だらけのさっぽろ雪まつりですが、疑問の1つとして、なぜ大通り公園で開催されるのか?・・が、脳裏に浮かびます。

この理由は、なんと!昔、大通り会場となる場所は、冬季の積雪時に市民がかき集めた「雪捨て場」だったようです。

この雪捨て場は現在の「大通公園の7丁目あたり」になります。

どころでさ、あドッコイさぁ。「あんな巨大な雪像はいったい誰が作っている??」

これも道外の観光客からすれば大きな疑問の1つとなることですが、「あのような精巧で巨大な雪像をいったい誰がどのくらいの期間をかけて制作しているのか?」・・と言う疑問です。

実はこれらの雪像は、上述したように海外からの参加者も含まれますが、メインとなって造像しているのは次のような方々です。

  • 地元住民の方々
  • 市民グループ
  • 札幌市職員
  • 民間企業の方々
  • 地元札幌の陸上自衛隊出身のOBの方々
  • 一部の第11旅団の現役陸上自衛隊の方々
  • 国際雪像コンクールに参加する外国の方のグループ

このうち、陸上自衛隊(第11旅団)は上述したように参加できる隊員の人数が限定されていますので、現在では「5丁目会場」と「7丁目会場」に大雪像が2躯、制作されるのみとなっています。

この2躯以外の雪像は、長年雪像制作に携わってきた自衛隊OBや、地元住民、民間企業の方々が参加されて共同で制作されています。

ちなみに、この中でも特に職人集団として知られ、この人たちなしには雪まつりは成り立たないとまで言われているのが、第11旅団の一個小隊「第1雪像制作部隊」です。

他に「第11特科隊」、「第11偵察隊」、「第11高射特科中隊」なども有名です。

近年では雪まつりの数ある雪像の中でもメインの雪像として有名になった「ファイナルファンタジーの巨大雪像」や、「米国の有名映画スター・ウォーズの巨大雪像」を手掛けています。

それで制作期間はどのくらい??

ここでの制作期間とは、「企画段階からの制作期間」と「雪像の製作期間」とに分けることができますが、以下ではすべてを含めた総制作期間を順番に詳細を混えて解説をしていきます。

【真夏7月頃】まず、テーマとデザインを決める!

真夏となる7月頃から来年2月に開催される雪像のテーマを何にするのかを決めます。
この会議では、陸上自衛隊や各会場の担当者、札幌市や市民グループ、海外参加国の制作担当者などが参加してテーマとデザインを決めていきます。

【10月頃】雪像を造像する準備作業!

雪像を造像するための資料を集めます。同時にデザインに基づいた設計が企画されます。

【1月上旬】まず、木枠が組まれる!

雪像の造像は、仏像を制作する際の造立方法に類似しています。
まず、会場でデザインに基づいた木枠を組みます。木枠が完成すればその中に雪を詰めたりして雪を木枠の上に乗せて大まかな型を造成していきます。
但し、この段階ではまだ木枠を組むのみです。

【1月上旬から中旬】雪を会場に集めてくる!

さっぽろ雪まつりは、例年、「雪輸送開始式」という式が開催され、この式の始まりを合図として、翌年の1月7日頃からまず、大通り公園の周辺付近に雪が集められます。

 主な採雪場所
石狩湾新港工業団地、里塚霊園、滝野霊園など
雪不足の年は、中山峠、オコタンペ湖周辺や岩見沢方面からも採雪。

造像される雪像の数はなんと!200躯以上!

雪まつりで造像される雪像の数は例年、200躯以上にもおよびます。
200躯以上の大小様々な雪像の造像のために必要とされる雪の量は、ぬぅあんとぉぅ!約32500トン!!これを輸送するとなると5トンもの大型トラックが約6500台も必要になります。
2018年度は5トンのトラック約5500台相当の雪が大通り会場へ運びこまれています。

【1月下旬】いよいよ造形作業!

大まかな型ができあがれば木枠を外します。木枠を外すと純粋に雪の山になります。
その山を削ったり彫ったりするなどの造形作業が始まります。

【2月初旬(雪まつり開催直前)】最後の仕上げと調整!

細かく造形した雪像は、最後に「化粧雪」を周囲に乗せて最後の仕上げをします。
雪には土や小石、木の枝などが紛れています。これらをできるだけ除去しながら造形していきます。
ちなみに「化粧雪」とは、女性の化粧で言うファンデーションのようなもので、「水分を多く含んだシャーベット状の雪」のことです。

この化粧雪を作る作業を地元の専門用語で「雪練り(ゆきねり)」と呼称し、大きなプラ箱に雪を入れて、水を当日の気温や天気を考慮しながら少しずつ雪に加えて、大きなスコップでコネるようにかき混ぜます。
幼少の頃から北海道住まいの地元民はほとんど知っていますが、純白でキレイな雪とは、よく見ると「薄い水色」をしています。

尚、すすきの会場の氷の彫刻(氷像)は、氷のブロックを積み上げてから約3日間を要して、約200人が連日連夜休むことなく一気に仕上げています。
気温が上がれば精巧で繊細な形が作れないので、ドライアイスを用いて氷の温度を下げて溶けないように保ちながら、キラリ☆と冴えわたる職人技を放ちながら彫刻・造形作業を行っていきます。

雪像の制作期間や解体にに関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しています。

さっぽろ雪まつりの雪像は誰が作っている?制作期間や雪の量、解体についてなど

【補足】さっぽろ雪まつりの運営費用

気になるのが、さっぽろ雪まつりの会期運営費ですが、なんと!運営費だけで約2億円弱、大サイズの雪像の制作費用が1つ約2000万円から3500万円ほどになるようです。

まだこれに広告宣伝費などが付加されますので、最終的には総計6億円以上の費用が発生していると考えられます。

ただ、さっぽろ雪まつりの経済効果は年を経るごとに右肩上がりとなっており、現在では例年約400億円以上の経済効果があると言われています。

【補足その2】さっぽろ雪まつりの「もう1つの見どころ」

さっぽろ雪まつりは、例年、その年の有名なキャラクターなどが造られることが多く、熱い視線は雪像に注がれがちです。しかし、忘れてはいけない雪像があります。

ただ、雪像といっても単なる雪像ではなく「氷でできた氷の像」です。

もうお気づきの方もいると思われますが、上述したように「すすきの会場」では氷を材料として彫刻した、「氷彫刻像」が展示されています。

さっぽろ雪まつりへ訪れた際は是非!これら氷の彫刻像も忘れずに観覧して帰途につかれてください。

「さっぽろ雪まつり」へのお問合わせ先

さっぽろ雪まつり実行委員会

住所:〒060-0001札幌市中央区北1条西2丁目 北海道経済センター4階 札幌観光協会内
電話番号:011-281-6400

コールセンター

電話番号:011-222-4894
土日祝日を含め年中無休。電話受付時間:午前8時~午後9時まで
FAX: 011-221-4894

さっぽろ雪まつり会場へのアクセス(行き方)については以下の別ページにてご紹介しています。

さっぽろ雪まつり会場の場所と札幌駅・函館駅・新千歳空港からのアクセス(行き方)っ!

 

終わりに・・

さっぽろ雪まつりの雪は当初、除雪した雪が使用されていました。

しかし、除雪した雪では不純物が多いので溶けるのが早く、倒壊の危険性が高まります。

よって現在では、不純物が極力混ざっていない「純粋雪」が使用されています。

このため、わざわざ採雪地域を限定して、できるだけ不純物が少ない地域の雪が使用されていますので、観覧される方はどうか安心して、ゆっくりと観覧なさってください。

ただ、それでも上からドサっと倒れてくるのが気になる方で、どうしても雪像を観覧したい方は、少々、格好が目立ちますが、工事現場のオっちゃんが被っている「安全第一・ドカヘル(作業用強化ヘルメット)」を被って観覧するという方法もあります。

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